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低炭素経済への移行期における機会と説明責任

2021年10月

Key points

ロングターム・グローバル・グロースにおける投資先企業の脱炭素化への取り組みやそれによってもたらされる成長機会、更にはチームが持つ規律について説明します。

 

気候変動は危険なフィードバックループ(温暖化が更なる気温上昇の要因を生み出す)を解き放ち始め、山火事やその他の環境災害の大幅に増加につながっています。

当社の全ての運用戦略において投資元本を回収できない可能性があります。過去の成績は将来の結果を示唆するものではありません。

温暖化の歴史と変化が必要な理由

1776年、イングランドの製造業者マシュー・ボールトンとスコットランドの技術者のジェームズ・ワットが、分離熱凝縮器を用いたエンジンの開発に成功しました。このブレークスルーによって石炭消費経済へと移行し、産業家は、あらゆる業種において、蒸気動力により人力や動物の力を増強することが可能になりました。生産性は著しく向上し、一人当たりのエネルギー獲得量(注1)は1800年前後の約38,000kcal/日から、1970年代の230,000kcal/日へ6倍に急増しました。

 

1.歴史学者のイアン・モリス氏は、これを人間が獲得したあらゆる種類のエネルギーと定義しており、次のようなものが含まれます。

  • 食料:直接消費する食料の他、使役用又は食用動物に与えられる食料も含む
  • 燃料:調理、暖房、機械の電源等
  • 原材料:建設、衣類、製造等

東西の主要地域における一人当たりのエネルギー消費量

出所:Ian Morris, Foragers, Farmers, and Fossil Fuels: 「How Human Values Evolve」、Princeton University Press、2015年

エネルギーが豊富にある時代は、計り知れない社会的利点をもたらしました。しかし、化石燃料を燃やすことで、人類は1750年以降、大気中に約1兆5千億トンの炭素を排出しました(注2)。その4分の1は過去10年以内に排出されたものです。

これを地球規模の切迫した問題と考えていない人もいます。徐々に進行する温暖化として始まったことが、突然の混乱へと移行するかもしれないということを、まだ人類はきちんと認識できていません。私たちの10年に及ぶ投資ホライズンの中で、氷の流れ、海流、メタン濃度の変化がフィードバックループの増幅をもたらしているのです。

LTGGでは、私たちが気候変動の影響を察知する最初の世代であり、それに対策を打つことができる最後の世代でもあると考えています。これ以上化石燃料によるビジネスモデルに依存すれば、計り知れない物理的影響と投資リターンの悪化を招く恐れがあります。今後は、よりエネルギー効率が高く、カーボンインテンシティが低い事業に従事する企業によって最良の投資リターンがもたらされるというのが私たちの基本的な考えです。

私たちの当初の想定では、決然と行動すれば、地球温暖化は産業革命前のレベルから摂氏1.5度(華氏2.7度)以内の上昇に抑えることができます。しかし、タイムリミットは刻々と近づいています。科学的知見の示唆するところでは、成功の見込みを50%とする場合でも、2030年までに世界の排出量を半減させ、2040年までに更に半減させなければならず、遅くとも2050年までに排出量正味ゼロを達成しなければなりません。

投資の観点からは、最低でもこのレベルを目標とすべきとの前提で取り組むのが適切と思われます。

必要とされる速度と規模の変化を実現するには、飛躍的な技術の進歩だけでなく、社会と産業構造の非常に大きな変化が必要です。一世代のうちに仕事、遊び、食、移動のあり方を完全に見直さなければならないというのは、途方もないことのようにも思われます。しかし、LTGGの観点からすれば、こうした認識は私たちを行動へと駆り立て、活力をもたらします。というのも、私たちの銘柄選択の哲学は、急速な変化を推進している企業、もしくはそうした変化の中での事業を推進している企業に狙いを定めるよう明確に意図されているからです。

 

2.Who has contributed most to global CO2 emissions? – Our World in Data

ポートフォリオのエクスポージャーと機会

カーボンフットプリント(個人や企業による合計排出量の計算値)は、産業界で気候変動へのエクスポージャーを評価する際の主要な尺度として急速に普及しています。しかし、LTGGのポートフォリオがMSCI ACWIインデックスと比較してかなり低いカーボンフットプリントであるという事実は、特段有益ではありません。一部の企業がその他の企業よりも環境を汚染していることは、言うまでもありません。保有銘柄が問題の一部なのか、又は解決に一役買っているのかを問いかける、つまり気候変動の解決策を提供し恩恵を受ける機会と、気候変動からマイナスの影響を受けるリスクとを比較検討する方が有益です。

 

新しい技術

地球温暖化対策には、飛躍的な特性を持つ解決策と技術が必要です。長期投資を志向する投資家である私たちにとって最大の好機の一つは、こうした変化のインプリケーションを織り込む力が株式市場に一貫して欠けていることに関連します。

ライトの法則は、進歩は経験と共に加速するという考え方です。それによると、企業の生産量が倍増する毎に生産効率は一定の割合で向上し、それに対応してコスト削減も実現します。シリコンチップがもたらした結果を見ればわかります。計算能力の進歩に伴って、店舗、写真、レコード、本、ジム、オフィス、その他あらゆる形態のモノやインフラに対する需要が大幅に縮小しました。エネルギーセクターにも同様の考え方を当てはめる必要があります。このセクターにおける規模拡大に伴う価格低下(習熟率)は、シリコンチップに匹敵します。太陽光は生産量が倍増する毎に25%も価格が低下し、バッテリーは約18%も低下します。

グリーンエネルギー技術への切り替えにかかる追加コストが、高コストから低コスト、そしてほぼゼロへと変化することには、大きな意味があります。Tesla株を保有することが非常に興味深いのはそのためです。それは中国の電気自動車メーカーNIOに投資する根拠でもあります。そして、同じ理由で私たちは中国のバッテリーメーカーCATLにも投資しています。同社はリン酸鉄リチウムイオンバッテリーで圧倒的な市場シェアを持ち、今後5年間で生産量を8倍に増やすことを目指しています。

NIOの車両は交換可能なバッテリーパックを搭載し、走行距離を延ばすことが可能 © NIO Inc

新しいビジネスモデルと業界のリーダーシップ 

LTGGの保有銘柄の多くは事業の足場を既に固め拡大しています。Shopify、Pinduoduo、Delivery Hero、Meituan、Alibaba、Amazon、Coupang、Hermès、Kering等の投資ケースに、それが当てはまります。これら企業の成長は、環境面での事業機会をもたらします。私たちは、エンゲージメントにおいて、どうすれば排出量の報告を厳格化できるかに焦点を当てています。また、炭素排出量を削減する方針を表明し、その実現に向けて明確な戦略を定めるよう各企業に促しています。私たちはこれらの投資先企業を支援したいと考えています。これら企業は、非常に大きな機会を活かして業界でのリーダーシップと適応力を証明するだけでなく、そうすることでブランド力が強化されることを認識しているのです。

Keringはその好例です。Keringは、サステナビリティに関するリーダー企業という正当な評価を受けています。同社のオープンソースの環境損益計算書(EP&L)アプローチ、及び業界全体でのファッション協定イニシアチブは、重要な波及効果を及ぼす可能性があります。前者については、Keringは自社のオペレーションとサプライチェーンの双方の環境へのインパクトを測定し、それを貨幣価値に換算する方法について詳細な情報を共有しています。後者については、地球温暖化対策、生物多様性の回復、及び海洋保護をコミットメントの三本柱とし、同社が先頭に立って進めています。今年6月にKeringがEP&Lデータに裏付けられた総合的な生物多様性戦略を公表したことは、先駆的な取り組みと言えます。また、私たちとのエンゲージメントに関連して、Keringは、経営陣の長期インセンティブプランの要素としてサステナビリティ指標の組み入れを開始しました。

一方、Amazonは、過去1世紀に亘って世界的な成長を支えてきた「採取と廃棄」型の生産モデルからの転換に影響を与えるため、更なる取り組みが必要です。電子商取引は、従来の小売業と比較すると上手く供給と需要をマッチさせるべきです。同様に、Amazonには、データと物流面のスキルを活かして、より循環型の経済への人類の方向転換を後押しする中で、非常に大きな事業機会があります。原材料を掘り起こしてゴミに変えるスピードを重視する時代は終わったと考えています。私たちは、エネルギー回収の目的で売れ残り商品を焼却しているのではないかとの同社を巡る最近の疑惑についてエンゲージメントを行っています。

しかし、Amazonに関して、過去数年間は全体として前向きな進展の兆しを確認しています。2019年、同社は、NGOのGlobal Optimismと共同でThe Climate Pledge(気候変動に関する誓約)に調印し、以下3つのコミットメントを表明しました。

  • 2040年までに事業全体で炭素排出量実質をゼロとする。
  • 2030年までに全出荷の50%で炭素排出量を実質ゼロとする。
  • 2025年までに業務電源の再生可能エネルギー比率を100%とする(2030年から前倒し)。

 

こうした取り組みに伴って、Amazonは再生可能エネルギーの世界最大の買い手となっています。また、より野心的な社内の気候変動対策目標を採用し、他の企業に対して気候変動に関する誓約への賛同を促し、「科学的根拠に基づく目標(Science Based Targets)イニシアチブ」を通じて情報開示にも取り組んでいます。

Amazonは大規模な風力及び太陽光発電プロジェクトに投資している © Amazon

保有銘柄の中には、無駄の多いサプライチェーンを刷新する大きな可能性も存在します。例えば、Pinduoduoのeコマース・プラットフォームは、農業と製造業のサプライチェーン内の非効率的な要素を排除するのに役立ちます。同社は、対話型のショッピング体験を通じて、1,200万以上の農家や販売業者を消費者と直接結び付けています。また、農業のサプライチェーン全体で使用される環境に配慮した包装の開発にも投資しています。Pinduoduoは、2025年までに農産物販売額1,450億ドルを目標としていることから、大きな影響力を持つ可能性があります。

これらの考察は、企業文化に基づく適応力の重要性を物語っていますが、前進の兆候が長期に亘って確認できない場合、私たちは行動を起こします。ファストファッションに基づくビジネスモデルを展開するInditexの最近の売却が良い例です。Inditexは、炭素の適切な考慮が同社のビジネスモデルにもたらすリスクを見過ごしているように感じられました。その上、経営陣はこの問題にリーダーシップを取ることなく潜在的な機会を逸していました。

脱物質化

情報が益々溢れる経済へと移行した結果、(自動車は顕著な例外ですが)私たちは少ない資源でより多くのことができるようになり、経済は「軽量化」されています。私たちは、原子ではなく、電子や光子を活用する、よりデジタルな社会へと進化する道を進んでいます。限りある地球において飛躍的に物理的な成長を遂げることは不可能であるため、こうした転換は不可欠なものです。NVIDIAの創設者であるジェンスン・ファン氏は、次のように明確に語っています。

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「現実世界と比べて、仮想現実とメタバースには、デジタル関連のデザインをする産業、そして多くのデザイナーとクリエーターが集まり、大規模な市場が形成されると思われます。今日、デザイナーの殆どは自動車や建物、財布や靴のような物をデザインしています。こうした「物」の市場は、現実世界よりもメタバースの方が何倍、恐らく100倍も大きくなるでしょう。(仮想空間内で協働作業を行うためのプラットフォームである)オムニバースの経済は、現実世界の経済規模を上回るでしょう。」

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例を挙げれば、バーチャルなグッチのハンドバックはオンラインゲームRoblox内では4,000ドル以上で取引されており、これは現実世界の価格を上回っています。私たちのオンライン生活は、物質とエネルギーを必要とすることに変わりはありませんが、より効率的な方法でそれを利用することになるでしょう。ZoomやAtlassianなど企業向けソフトウェア企業が提供するビデオ・チャットやオンライン・コラボ・ツールによって実現するかもしれない、旅行やホテルに関連する排出量の削減の可能性を検討するのは興味深いことです。

影響を与えるチャンス

マイク・バーナーズ・リー教授(注3)との共同調査から、保有銘柄の事業活動による環境への影響にとどまらず、大衆の行動を形作る機会にも注目する必要があることが分かりました。LTGGの多くの投資先企業は、直接排出量が比較的少ないクラウド中心の業務を行っており、サーバーの電源に再生可能エネルギーを利用することで、排出量を最小化することができます。それだけに留まらず、投資先企業には、気候変動を巡る議論の全体に影響を与える極めて大きな可能性が開かれています。

例えば、デビッド・アッテンボロー氏の「Our Planet(私たちの地球)」シリーズのコンセプトは、BBC等の放送局から拒絶され、その後Netflixが資金提供を約束しました。このシリーズは1億世帯以上が視聴し、大衆の気候変動に対する意識を高めています。同様に、Netflixのドキュメンタリー「Seaspiracy: 偽りのサステイナブル漁業」は海洋生物の生物多様性に関して問題を提起しました。

Facebookも保有銘柄ですが、2030年に炭素排出量実質ゼロという非常に野心的な目標を掲げています。しかし問題点として、Facebookはまだ気候変動を否定する団体による広告を許可しています。そこから生じる無益な結果と、このプラットフォームで言論の自由を保護したいという同社の意向の間には明らかに緊張関係があります。最近、Facebookは、この件についてユーザーを教育し、アプリによる誤った情報の投稿を抑止する責任を認識し始めています。ニューヨークタイムズ紙の記事は、ソーシャルネットワーク上のコンテンツ管理の抜け穴を、気候変動否定論者がどのように利用しているかを明らかにして注目を集めました。Facebookは正確な気候科学関連の情報に簡単にアクセスできないと批判されてきましたが、この問題は最近設置した「気候学センター により概ね対応されており、私たちはこの新しいアプローチが時の試練に耐えることを願っています。

気候問題に対する企業の無形的な取り組みの効果は、基本的に低炭素のビジネスモデルに向けて再生可能電力を購入するという物理的なコミットメントよりも一層影響力があり、戦略上の重要性も高いことが明らかになるのではないかと考えられます。

急激な価格低下の特性は、代替タンパク質にも当てはまります。保有銘柄のBeyond Meatが非常に有望と思われるのはそのためです。植物性肉を使用したハンバーガーのコストは下がり続けており、10年間といった長期の見通しでは、同社は5千億ドル規模の加工肉市場で相当なシェアを占める可能性があると私たちは考えています。温室効果ガスの排出量では、牛を国として扱った場合、米国、中国に次いで第3位です。従って、従来のタンパク源を置き換えることで、Beyond Meatは、毎年排出量何百メガトンも削減する可能性があります。

低炭素移行を後押しする新しい技術を推進する保有銘柄は、通常、初期の数年は変動が非常に大きい時期を乗り越える必要があります。やがて当初の敵意と懐疑が弱まり、徐々に受け入れられていくのです。例えばTeslaの株価は、保有期間中に8回、30%以上値下がりしました。NIOの株価は、IPO以後、70%以上値下がりしました(その後、株価は40倍)。これらの企業にとって、辛抱強い資本と精神的な支援は特に大切です。

私たちの役割は、経営陣が長期的な使命に集中し続けるようにすることです。私たちは、彼らの取り組みの報告方法についてもアドバイスします。ある企業の製品が気候変動対策に役立つ場合、この点を証明するために共有できる指標があるかもしれません。例えば、Teslaが同社インパクト報告に関するフィードバックを私たちに求めた際には、事業運営上の排出量と対応する炭素削減戦略、及び同社の自動車、バッテリー、ソーラーパネルの相対的な炭素効率に関する開示を充実させ、より詳細な情報を提供するよう提案しました。

 

注3:マイク・バーナーズ・リー氏は、カーボンフットプリントの専門家です。同氏は、ランカスター大学社会未来研究所のフェローであり、脱炭素化の移行について企業を支援する会社も経営しています。最近では、2030年までにカーボンネガティブを達成するというMicrosoftのコミットメントを支援しました。同教授の著書は、「How Bad are Bananas?」、 「The Burning Question and There Is No Planet B」等があります。この1年、私たちはLTGGとベイリーギフォード全体の観点から彼の助言を受けています。

 

更なる課題

総合的に見て、LTGGのポートフォリオは気候変動に伴う下振れリスクよりも機会の方が大きいのではないかと思われます。化石燃料関連の保有銘柄が皆無であること、及び資産が軽量なビジネスモデルに傾斜した企業が多いことは、この点で有利です。

しかし、それは投資先企業や私たち自身が義務を免れる理由にはなりません。こうした事情で、改善すべき幾つかの重点分野を列挙します。

 

情報開示の改善

まず、保有銘柄全体の排出量に関する開示の質は、私たちの求める水準に対して大きなばらつきがあります。スコープ1及びスコープ2の排出量を積極的に報告しているのは、38企業のうち僅か17社(注4)、組入比率にして半分程度です。これでは十分とは言えません。そこで、過去、数か月間、私たちはこの問題についてLTGGの各投資先企業と集中的にエンゲージメントを実施しています。具体的には、最低基準として「直接的」(スコープ1とスコープ2)排出量の開示を求め、理想的にはスコープ3の排出量の開示を期待すると注意を促しました。

投資先企業は、規制、又は市場の力のいずれかを通じて適切に考慮された炭素の財務上の影響を理解する必要があるため、これは重要なことです。また、排出量を推計するために使用するデータは複数の重複した出所に基づいており、各出所の間には多くの矛盾が見られるという事実も認識するべきです。推定のスコープ1及びスコープ2データは比較的簡単に入手できますが、様々なデータプロバイダーからの大きな矛盾を含む推定値であり、本来の目的を満たしているとは言えません。

スコープ3はその複雑性ゆえに、重要ではあるものの、開示が一般的になるには時間がかかります。一部の業界では計算が比較的容易であることが分かり始めています。例えば企業の製品の使用と廃棄を考慮に入れた排出量(下流の排気量)は、電子商取引や投資運用会社よりも、自動車メーカーや鉱山会社の方が計算は容易です。この数字は企業間での比較はできないことが多いですが、その企業に関しては、時系列の変化を含む多くのことが分かります。そのため、私たちはスコープ3から読み取れる情報をより適切に処理する必要があり、この問題が経営陣とのエンゲージメントの焦点を今後、益々左右すると予想しています。

 

より明確な目標

開示が改善すれば、私たちはLTGGの投資先企業による、遅くとも2050年までに(理想的にはそれより大幅に早く)排出量「実質ゼロ」の実現を軸とする明確な炭素排出量削減目標の策定を確認できると期待しています。「実質ゼロ」は、地球温暖化の危険水準に達するペースで温室効果ガスが急激に増加する時代が終わり、大気中の温室効果ガスのレベルが安定することを意味します。

私たちは、実質ゼロを達成する方法には良いものと悪いものの両方があることを認識しています。この点において、目標達成の「方法」は達成の「内容」と同程度に重要です。実質ゼロは、どこか別の場所で二酸化炭素を吸収させる方法を見つけ、巧妙に作られた会計操作を用いて排出スコアの均衡を取る一方で、炭素排出量の多い化石燃料活動に引き続き資金提供をしていくという意味ではありません。私たちは、(操作ではなく)企業ができるだけ多くの直接的な排出量を削減することを望んでおり、どうしても避けられない排出量を管理するための最後の手段としてオフセットを用いるべきであると考えます。こうしたカーボンオフセットは、信頼性があり証明が可能(注6)、具体的にはSBT(Science Based Targets)イニシアチブの基準やそれに準じて信頼できる国・地域毎の基準に基づくべきです。

今後10年間は、脱炭素化の真剣なコミットメントがなければ、かなりの確率で企業は規制と顧客からの反発の両方によって存続できなくなります。そのため、今後、私たちは投資先企業が期待に応えているか否かを報告していく予定です。そして、取り組みが遅れている企業とのエンゲージメントを実施します。

実質ゼロのコミットメントに関する現在の状況は以下の通りです。

 

LTGGの保有銘柄:移行への対応状況

Source: Baillie Gifford analysis and engagement

Green

脱炭素化を可能にする重要企業

Light green

炭素排出が少ないビジネスモデルを持ち、ビジネス機会が脱炭素化の解決策の一部になる企業

Yellow

環境的に課題が多いものの、ビジネス機会の多くが脱炭素化の解決策の一部になる企業

Red

環境的に課題が多く、適応力に乏しく、脱炭素化の流れの中でリスクが大きい企業

 

ポートフォリオ内の中国企業は、現状では脱炭素化のコミットメントを表明していません。しかし、2021年後半は中国政府が2060年の実質ゼロを発表したことを受けて、開示に大きな進展が見られました。最近のエンゲージメントに基づき、今後数年間で、これらの中国企業は開示と実質ゼロ目標の両方に関して、世界の同業他社の多くに追いつき、追い抜くことさえあると、私たちは期待しています。

たとえば2021年4月、Ant Groupは、Alibaba Cloudと協力して2030年までに実質ゼロ目標を達成する計画を発表しました。中国連合環境認証センターの専門家がその計画について同社に助言しています。Antは保有銘柄ではありませんが、同社の目標と行動を、中国の他の企業、とりわけAlibabaが注視しています。

 

注4:スコープ1は事業者が所有又は管理する排出源からの直接的な排出量を意味します。スコープ2は、事業者が消費する購入電力、蒸気、冷暖房の生成に伴う間接的な排出量を指します。

注5:スコープ3はその他全ての間接的な排出量を指します。これには、企業の製品やサービスの使用と廃棄における上流(購入された商品やサービス、従業員の通勤等)から下流の全体を対象とした、企業のバリューチェーンで発生した排出量を含みます。

注6:オフセットの質は重要です。オフセットが粗悪なものであれば、企業は、他国でのプロジェクトを通じて排出量を削減し、社会的かつ環境的なリスクをアウトソースする一方で、排出量削減への取り組みが限定的になる可能性があります。オフセットのダブルカウントを避けることも課題の一つです。例えば、ウガンダの森林再生プロジェクトがオフセットクレジットをAmazonに売却した場合、ウガンダの排出目標にもこれがカウントされたなら、この排出量の削減はダブルカウントとなります。実際の気候には削減分が一度しか反映されないことは言うまでもありません。

 

継続的なエンゲージメント

私たちは、LTGGのポートフォリオに含まれる各企業との一連の話し合いを通じて、気候変動問題に対する各企業の姿勢や適応力を見極めようとしています。私たちのアプローチは、明確かつリスクに基づいた重要性の評価に留まらず、各企業が移行期において自らの優位性と影響力を見出す中で、オープンな姿勢で支援を提供することです。

以下に最近の事例の幾つかを紹介します。

NVIDIA

画像処理技術

成長機会

NVIDIAの最優先の目的は、グラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)とデータセンターのエネルギー効率を向上させることにあります。この中心的な目的に加え、同社にとっての重要な課題は、益々意識を高める顧客基盤の要求を満たすため、今後10年間に十分な量の「グリーン」部品を入手できるか、更には、これが競争上の優位性やプレミアム価格に結び付くかです。

姿勢と運営

私たちは、最高財務責任者のコレット・クレス氏とサステナビリティについて話し合いました。この話し合いは、NVIDIAにとって環境への配慮が重要であることを物語ると共に、報告書や気候変動への取り組みにおける同社の強力な実績を裏付けるものとなりました。現在、NVIDIAは使用電力の25%を再生可能エネルギーで賄っていますが、2025年までにこれを65%に引き上げようとしています。直接排出量の削減目標は、パリ協定の1.5℃目標に沿ったものであると判断されます。更にNVIDIAは、バリューチェーンの排出量のカバー範囲を拡大しようとしており、2021年の優先事項として、上流の製造工程と下流の製品使用・廃棄にまで範囲を拡大する計画です。そのため同社はサプライヤーや顧客企業との話し合いを通じて、より良質なデータを入手する必要があります。データの信頼性が向上すれば、バリューチェーンの範囲を更に拡大したネットゼロ目標を設定したいと考えています。

影響力

スコープ3のデータがより多く集まるにつれ、同社がこうした目標をどのように発展させていくのか、そして推進中のサプライヤーとの追加的な話し合いを見守ることは興味深いことです。NVIDIAは責任ある企業同盟に加盟しています。そして同同盟は、エネルギー、廃棄物、水の使用に関して、NVIDIAが全ての主要サプライヤーとエンゲージメントを行っていることを確認しています。全サプライヤーがNVIDIAにデータを提供していますが、その質と範囲は十分ではありません。これはNVIDIAがサプライヤーに対する影響力を行使し、取り組むべき重要な分野です。

今後のステップ

NVIDIAは、廃棄物管理と使用済み製品のリサイクル・再利用に関連して、更なる取り組みを実施する計画です。同社は設計上の選択に益々大きな影響力を持つ可能性があると見られることから、私たちはこの取り組みを注視していきます。そしてこれは、NVIDIAにとって極めて大きな機会となるものです。

ASML

半導体リソグラフィ装置メーカー

成長機会

ASMLは、コンピューター向けのチップを製造するためにシリコン・ウェハー上に微細なパターンをプリントするリソグラフィ装置メーカーである同社は業界の技術進歩をリードしています。同社は半導体製造技術の中心に位置し、ムーアの法則の持続を下支えしています。ASMLの装置の電力消費量は益々増加していますが、同社はエネルギーと資源の効率性を高める製品を実現しています。

姿勢と運営

ASMLはスコープ1、スコープ2の排出量について報告しています。2025年までに直接排出量を実質ゼロにするという意欲的目標を掲げるASMLは、直接燃焼用と水素製造用の天然ガスのグリーン化を図る必要があります。同社とのエンゲージメントでは、この目標と、残りの電力関連の排出量を相殺するための再生可能エネルギー証書(REC)の購入戦略に注目してきました。同社が直面する課題は、価格圧搾のリスクがあるRECのリモート購入を続けるかどうかです。代替案として、直接投資家又は直接購入者になるという手もあります。同社は既にノルウェーの水力発電に投資しており、自社の太陽光パネルを追加しています。

ASMLは、2019年にスコープ3の排出量の報告を開始し、2020年には上流と下流の推定値を含めて報告を改善しました。同社は、報告がまだ完全でないことを認めており、自社のバリューチェーンに属する企業に対し、独自の報告を加速するよう働きかけています。これには、製造用、冷却用電力のみならず、水や水素に加え、温室効果ガスの観点から見て大幅な温暖化をもたらすフッ素含有ガスであるSF6やNF3も含まれます。

ASMLは2025年に向けて透明性の高い目標を掲げており、スコープ3の排出量が1,190万トンに増加する一方、売上高ベースの炭素強度は百万ユーロ当たり0.5キロトンへと20%減少するとしています。この目標は、リソグラフィ装置の効率性向上に全面的に依存するものですが、装置を使用する顧客の電源構成の変化については想定していません。

影響力

私たちは、サプライチェーン内の主要企業について、ASMLと有益な話し合いを行っています。こうした話し合いでは、Apple等、同社の顧客と取引する主要顧客の態度表明や目標の重要性にも議論が及んでいます。ASMLは、そうした動きがエコシステム全体にとって気候変動問題の明確化や重点化に寄与すると考えています。ASMLの報告、目標、発言は非常に優れていると、私たちは考えています。ASMLは、私たちの投資先の中で(また実のところ市場全体においても)2030年までに直接排出量をネットゼロにするという目標を掲げる数少ない企業の1社であるものの、更なる努力が必要との認識を持っています。

今後のステップ

私たちは、エネルギー、水、フッ素系温室効果ガス(F-GHG)等が適切にコスト算入された場合に半導体サプライチェーンがどのように混乱し得るかについて考察を続ける予定です。執筆日時点でのサプライチェーンは極めて効率性が高いように思われますが、天然資源がコスト算入され、グリーン電力を求めて奔走し、入手や国の安全保障に関する懸念が高まった世界では、そうではないかもしれません。また、大手半導体メーカーにとって極めて重要な淡水へのアクセスの混乱や、30~40年先の海面上昇や洪水に関する見通し等、気候変動の物理的リスクについても引き続き探求していきます。

HDFC

インドの住宅ローン会社

成長機会

HDFCは、インドにおける業界屈指の住宅金融会社として、多大な影響力とリーダーシップを発揮することができます。同社にとっての最大の機会は、グリーン関連ファイナンスへのアクセスと、持続可能な住宅への資金提供等、気候変動に前向きな姿勢を取ることによる顧客ロイヤルティによってもたらされます。

姿勢と運営

HDFCは、主に物理的な課題として気候変動リスクを捉えています。同社はネットゼロを目指していますが、達成時期は明示していません。同社の気候変動に関する報告は極めて限られており、改善すべきことは多々あります。例えば、融資対象資産の炭素強度を低下させるための直接的な関連付けや目標はなく、気候変動による物理的リスクに関する詳細な説明もありません。

HDFCの主な魅力の一つは、その融資基準の質の高さです。この面で、環境要因が意思決定に反映されていることは明るい材料と言えます。例えば、同社は最近、環境上の理由から、湖や海岸、マングローブ生育地域を開発しようとする不動産関連の融資を拒否しています。

影響力

HDFCは、自社の排出量について試験的に限定的な報告を開始したばかりです。私たちは報告データをチェックする必要があります。次のステップは削減目標の設定です。しかし、これらは、新築住宅の立地や建設時のエネルギー効率の基準に影響力を及ぼす必要性に比べれば、準備作業に過ぎません。同社を後押しするために、私たちは他の金融機関の取り組み事例を紹介しました。HDFCは、4月にNGFS(気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク)に参加したインド準備銀行からの正式な要請に先立ち、模範を示して取り組みをリードする可能性があります。

今後のステップ

投資家としての私たちにとって、取引上、最も重要な気候変動問題は、HDFCの物理的リスクへのエクスポージャーです。これには、同社経営陣に加え、負担が大きく、やや動きが鈍い取締役会が、同国の気候科学にどのように精通していくかが問題になります。  全体的にHDFCは問題を認識しており、積極的に取り組んでいます。しかし、未だ情報収集と戦略策定の初期段階に留まっています。HDFCは、規制当局、デベロッパー、顧客に大きな影響力を行使し、インドの排出量削減のペースに影響を与えることができます。また、取締役会レベルでの関心と専門知識を高めることにより、ダイナミックな動きを加速すると共に、より強力にベストプラクティスを主導することも可能と思われます。

私たちはグリーン住宅ローンの進捗状況についても注視していきます。私たちはHDFCがこの分野でも業界を主導すべきであると同社に提案しました。

BioNTech

免疫療法バイオテクノロジー

成長機会

BioNTechは、mRNAベースのがんワクチンを先駆的に開発しています。このワクチンは、免疫システムにがん細胞の認識と破壊を学習させることで効力を発揮します。直近では、新型コロナウイルス感染症向けのワクチンで注目されています。創業者夫婦のウグル・サヒン氏とオズレム・トゥレシ氏は、常に情熱的で、オープンマインドで、献身的であり、BioNTechは両氏のライフワークになっています。2030年までに気候ニュートラルを達成することは、世界的な健康の実現を目指す企業に相応しい目標であるというのが両氏の考え方です。

姿勢と運営

BioNTechは、同社がまだ非公開企業であった2019年に気候関連の目標への取り組みを開始しました。これは、上場プロセスを経て公開企業になれば、時間に追われるとの見通しによるものです。同社は関連する課題の定義や重要性の評価を性急に行うことはなかったものの、気候関連の取り組みが従業員にとっての最優先事項として浮上しました。同社は、「我々は科学的な企業であり、科学的なアプローチを取る必要がある」と表明しています。

BioNTechは、「2030年までに気候ニュートラルを達成する」という明確な意思表示をしています。スコープ1及びスコープ2の排出量報告は詳細で信頼性の高いものですが、スコープ3のデータは未だ道半ばであると同社は認めています。バリューチェーン全体の排出量を目標に組み込むという明確な野心を持っていますが、データの照合方法を見出さなければならないことも認識しています。

影響力

業界に対するBioNTechの影響力に関する議論では、単回使用の容器や器具がもたらす業界の構造的課題を取り上げています。スチール製の容器への移行も一つの選択肢ですが、地域によって生産方法が異なるため、物流面での課題が発生します。この課題に関しては、ヘルスケアのサプライチェーンの他の機会に結び付く可能性もあるため、更なる検討が必要です。

今後のステップ

生産量が急増していることから、当面の焦点はエネルギー源であると言えます。同社は2021年を通じてエネルギー監査を実施しており、再生可能エネルギー証書(REC)から直接再生可能エネルギーの調達への移行が必要であることを認識しています。同社は炭素やRECの価格が大幅に上昇することを懸念しており、その変化を先取りする必要があると考えています。また、気候変動への取り組みを進める企業が増加するに従い、短・中期的には再生可能エネルギー源の確保に向けた競争が激化すると見ています。これは欧州での課題ですが、シンガポールや中国に合弁会社を持つ同社としては、アジアの一部地域においても一層切実な課題となります。

とりわけアフリカ等の新しい市場で生産設備を増強する中、BioNTechがスコープ3の報告をどのように進めていくかを私たちは注視しています。

Adyen

オンライン決済プラットフォーム

成長機会

Adyenの売上高と事業基盤はまだ比較的小規模です。しかし、グローバルな加盟店を顧客基盤として持つ決済プラットフォームである同社は、合計すればカーボンフットプリントが大きい購買決定に役割を果たしていることから、同社は興味深い機会を有しています。

姿勢と運営

Adyenは、2019年にそれ以前の直接排出量の全てを遡って算出しました。同社は、過去と今後の排出量に相当する一連の国際的なオフセットプロジェクトを推し進めるべく、South Poleという企業を選定しました。私たちの調査によると、同社のオフセットコストは二酸化炭素換算でトン当たり15〜20ドル前後の範囲にあるようです。これは、EUにおける現在のカーボンコストの半分以下であり、長期的に必要とされるカーボンコストも大幅に下回っているため、有利なスタート地点にあると言えます。自主的なカーボンオフセットが首尾よく進めば、社会に幅広く利益をもたらす低コストの温暖化緩和プロジェクトに資金を回すことが可能になります。Adyenは、直接排出量削減目標を未だ策定していませんが、経営陣はオフセットだけでは解決にならないことを理解しています。

影響力

新たな取り組みとして、カーボンカリキュレーターを導入することにより、同社の加盟店で買い物をする消費者がインターフェース上で購入した商品の概算フットプリントを購入時にオフセットすることが可能になります。それがSouth Poleのオフセットプロジェクトに転送されます。この新たな購入時オフセットアプリを利用することで、Adyenのスコープ3排出量のうちのどれだけが最終的に消費者から転嫁されるのかは現状、明らかではありません。これまでのところ、このプログラムに参加しているのはスーパーマーケット1社のみですが、他社も参加を検討しています。

今後のステップ

購買時点でのオフセットの取り組みは注目に値します。これは、eコマースプラットフォームが購買行動に及ぼす潜在的な影響力を示すものです。

Peloton

コネクテッド・ホームフィットネス機器

成長機会

Pelotonは、ソーシャルメディアを通じたコミュニティからのフィードバックを重視しています。コミュニティの一員であることはその人のアイデンティティの一部であり、気候変動対策を重視する姿勢は、同社のコア・ユーザーの価値観に合致するものです。

姿勢と運営

Pelotonは今なお、気候変動関連の情報開示や態度表明を行っていません。部分的には炭素排出量データの収集を実施しているものの、依然、計画策定の初期段階にあります。同社には、その製造チェーンを通じて実際にカーボン・フットプリントがあります。そうした中で、同社は製品のデザインや耐久性の検討に直接的に関与している証拠があります。バイクやトレッドミルの新モデルを次々と開発するのではなく、イノベーションの大部分はソフトウェアやコンテンツに軸足を置いていると強調しています。同社は、ユーザーのバイクなど機器の購入は生涯で1回限りと考えており、Peloton製品を選択することで生じるカーボンフットプリントは、販売数量を増やすビジネスモデルを持つ一般的なフィットネス機器メーカーよりも小さいと考えています。

影響力

Pelotonは、エアコンのよく効いたジムに自動車で出かけることなく、同社製品を所有することで、どの程度のオフセットが実現できるかを計測するための計算方法を開発しようとしています。こうした「排出回避」に関する評価は、所有者によるフィットネス機器の使用頻度・時間を勘案する必要があり複雑化しますが、結果がどうなるか興味深いものがあります。

今後のステップ

私たちは、2022年中に情報開示や気候変動対策の目標に関して同社で更なる進展が見られることを期待しています。

Carvana

オンライン中古車プラットフォーム

成長機会

米国で自動車の使用期間が長期化している理由には、品質の向上も一役買っていると思われます。しかし、電気自動車への移行や移動手段のシェアに関する不透明感から消費者が新車購入を先延ばしにしている可能性も考えられます。現時点では、こうした傾向の恩恵を受けて、Carvanaの在庫回転率は上昇し、価格も(足元では)上昇しています。しかし、エネルギー転換が今後も加速し、内燃機関に代わる選択肢や規制に抜本的な変化が生じた場合、中古車市場は価格下落や早期廃車のリスクに晒されることになります。

一方、こうした混沌とした状況の中で、同社の創業者のアーニー・ガルシア氏は、Carvanaが新車の小売チャネルとしても、長期的な成長機会に恵まれると見ています。EVの場合、定期点検はそれ程必要とされないため、自動車メーカーはディーラーネットワークを放棄する可能性があるからです。

姿勢と運営

米国の中古車市場に破壊的変革をもたらす企業として、エネルギー転換のトレンドへのCarvanaの対応は多面的なものです。しかし、この課題に関する情報開示はなく、表立ったコメントもありません。現時点では、Carvanaは、顧客を気候変動に配慮した自動車に導くべきだとは確信していないようです。

同社は未だ排出量監査を実施しておらず、私たちは監査を望む旨を明確に伝えています。

影響力

Carvanaの最大の二酸化炭素直接排出源は自動車の輸送に伴うものですが、同社は顧客に対し、より燃費の高い車を購入するよう、影響力を行使することができます。私たちは同社に対し、サイト上で炭素関連の検索条件の付加を検討するよう提案しています。

今後のステップ

私たちは、これからの数年間、Carvanaがこの課題に積極的に取り組むことを期待しています。その際に、所属産業に典型的な開示ではなく、斬新な開示を検討するよう、いくつかの事例を同社に紹介する予定です。

Coupang

韓国のeコマースプラットフォーム

成長機会

人口密度の高い韓国では、消費者は一般的に狭小なアパートに住んでいるため、リサイクルや廃棄物に対する関心が高くなっています。Coupangの配送へのアプローチは、こうした事情に直接対応したものとなっています。顧客への選択肢として、エコパッケージやリターナブルバッグ、地元での配送網(人口の70%が物流拠点から7マイル(約11キロ)以内に居住)、需要の最適化等、持続可能性を可能にする対策が多数整備されています。そして「グリーン」インセンティブ、配送、情報に関する品揃えは顧客からも好評を得ています。

姿勢と運営

現時点では、Coupangは気候関連の開示や目標の設定は行っていません。しかし、取り組むべき重要な分野であることは認識しています。そして、同社は排出量算出のソリューションプロバイダーに関する私たちの提案を強く望んでいます。

影響力

Coupangは、「最良の雇用主であること」と「事業展開地域において前向きのインパクトを及ぼすこと」を重視しています。同社は、気候変動の面でバリューチェーンに如何に影響を及ぼすことができるかに関して私たちの考えに興味を示しています。中には容易に解決できる問題もあるものの、韓国は化石燃料による発電に依存した経済であり、食品についても大きく輸入に頼っています。そのため、全面的な脱炭素化は容易ではありません。

今後のステップ

私たちは、2022年に基本的な報告が行われ、目標に関する方向性が示されるものと期待しています。

Workday

クラウドベースのエンタープライズソフトウェア

成長機会

「カーボンフリーのクラウド」という言葉がWorkdayの宣伝文には含まれています。Workdayは、それが単なる差別化要因としてではなく、顧客の同社に対する主要な期待事項として重要であると考えています。

姿勢と運営

Workdayは、気候関連の取り組みで長期間に亘る実績を持っています。同社は2008年に再生可能エネルギーの購入を開始し、2016年にはネットゼロの意欲的目標を掲げました。2020年現在、同社が使用する電力は全て再生可能電力であり、過去の排出量を完全にオフセットするに至っています。また、2022年末までに更に幅を広げ、スコープ3の削減計画を設定する予定です。同社はオフセットに先立ち、実際の排出量削減を明確に重視しており、社内カーボンプライシングでMicrosoftの後を追う数少ない米国企業の1社です。

影響力

Workdayは、気候変動対策への企業投資の拡大を目的とする企業連合である「Business Alliance to Scale Climate Solutions」の創設メンバーです(注7)

(LTGGの保有銘柄であるAmazon、Netflix、Salesforceも同じく創設メンバー)。

Workdayは、「Future of Internet Power」構想のメンバーでもあり、その一環としてデータセンターに対して使用電力を100%再生可能電力にするよう働き掛けています。現時点では、同社はラックに収納された電子機器の電力使用について責任を持っていますが、Amazon Web Servicesを介したデータセンターによる排出はスコープ3に属します。

今後のステップ

Workdayは現在、ハードウェアや出張といった自社フットプリントの他の部分に注目しています。気候変動のリーダーとして、同社が今後どのように前進していくのか、興味深く見守っていきたいと考えています。

 

7. Business Alliance to Scale Climate Solutions (scalingclimatesolustions.org)

投資先企業との様々な対話の中でも、前述のエンゲージメントは、投資先企業が気候変動に伴う危機を前にして必要な認知能力や認識を持っているかどうかを感じ取る上で役立ちます。また、各企業の重要課題を見極める上でも役立ちます。株主総会での投票において、意図的でないものの過度に規範的で見当違いと思われる気候変動関連の株主提案に私たちが時として反対するのも、こうしたエンゲージメントを通じて投資先企業に対して高い信頼を寄せているからです(注8)。

通常、気候変動問題に関する長期に亘るエンゲージメントは、議決権の行使よりも遥かに大きな影響力を及ぼすと考えています。これは、企業にレターを送って直ちに回答を得ることを期待するよりも、遥かに大きな効果があります。また、エンゲージメントは、その時々にメディアで注目されている問題ではなく、企業にとって最も重要で最も関連性のある課題に焦点を当てることに他なりません。

逆に、杓子定規なガバナンスの世界では、世界最高の経営陣に寄り添った投資行動をするだけで、長期投資を志向するボトムアップの運用戦略の評価は外部のガバナンス評価担当者によって引き下げられ、議決権行使時になぜ反対票を投じなかったのかと批判されることになります。LTGGのポートフォリオについては、一部の他社とは異なり、議決権行使で経営陣に対して反対票を投じることはそれ程ありませんが、それは、価値観や投資期間を共有していると考える企業にしか投資しないためです。10年間のスパンで株主のために優れたリターンを達成する上で、経営上の短期的な判断との戦いを常に強いられるような企業に投資するメリットは殆どないと考えています。

 

8.例えば、こうした提案においては、気候問題を専門とする取締役の任命を要求する場合が多々あります。スそうした取締役は、気候対策が大幅に遅れている企業にとっては適切な場合もあり、Exxonの株主総会における最近の決議はその好例と言えます。しかし、ポートフォリオ保有銘柄の中で比較的進歩的な企業の場合、社外取締役は通常、その役割を全面的に果たすことができるよう、幅広いスキルセットを持っている必要があると考えています。更に、こうした幅広い知識を持つ取締役は、外部から専門的な助言を仰ぎ、ESGの重要分野に関して経営陣に課題を伝えると共に、監視が行き届いているか確認する必要があります。

情報源の改善

多くの投資分野と同様、世界の環境問題に関する最も有益な視点は、均質な認識を持つ金融サービス業界やデータプロバイダーから得られるものではないとの確固とした見方を私たちは持っています。ポートフォリオ保有企業の対応と気候関連の課題や手元の機会との整合性を図るに際して、私たちがより重視するのは業界外の専門家の見解です。

旧知の考古学者であるイアン・モリス氏もその一人です。彼が行った研究は、人類が化石燃料から脱却する過程で道徳や価値観がどのように進化していくのかについて、興味深い視点を提供してくれます。1万年前の採取民たちは、序列関係よりも平等を重んじる傾向があり、暴力に対しては比較的寛容でした。その後の農耕社会では平等より序列関係が重視されましたが、暴力に対する許容度は大幅に低下しました。そして現在まで続く「化石燃料に対する価値観」に基づく体系は、植物などが化石化することで生み出される石炭、天然ガス、石油によるエネルギーを源に植物や動物の活動量が増した社会と関連性を持っています。化石燃料の利用者は、ほぼ序列関係よりも遥かに平等を重視する傾向にあります。また、通常、暴力に対しては寛容ではありません。

モリス氏は人類学者のレスリー・ホワイト氏の研究を引用しています。ホワイト氏は、歴史の全ては単純な方程式、即ち「文化=エネルギー×技術」で要約できると述べています。同氏は更に、この概念が物質的に豊かで実質的にただ同然の再生可能エネルギーの世界とどう整合するのかについて問いかけています。仮にエネルギー獲得量が一人当たり23万kcal/日から、例えば100万kcal/日に急増した場合、恐らく人類の価値観には革命が起こり、私たちの投資ホライズン内にも劇的な変化が起こる可能性があります。

一方、ベイリーギフォードの「Deep Transitions Futures Project」(注9)では、人・社会、ガバナンス構造、テクノロジーの間の整合性が、数世代に及ぶ大規模な体系的変化に直面して、どのように進化する必要があるかに焦点を当てています。このことは、技術的な変化だけでは十分ではないという認識に基づくものです。

 

9.The Deep Transition Futures Project